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泣き出しそうな曇り空は夕方前に雪になりました。
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今日は少し悲しいお話です。長文です。

ついこの前幼馴染のお母さんの葬儀がありました。
 今日は、別の幼馴染というか、自分が田舎にいた中学生までの間、最も仲のよかったタカちゃん(♂)のお母さんの葬儀がありました。タカちゃんがいなければ随分違った自分になっていたと思う。
 
 タカちゃんと仲良くなったのはいつだろう?
幼稚園年長ぐらいだったのではないだろうか。きっかけはなんだったのか。何かの話が盛り上がったからだろう。
 それから僕たちは園内や学校だけはもちろんのこと、1週間に4回ぐらい遊んでいたと思う。
山や川、自分の家、タカちゃんの家、他の友人の家・・・。タカちゃんの家に行くとしょっちゅうお菓子が出た。ゲームもあった。彼はその当時珍しい一人っ子だったのだ。
 タカちゃんのお母さんの口癖「タカちゃん、悪い友達とは遊ばないようにしてね。」自分たちがいるときに言うものだからバツが悪かった。

 タカちゃんはとても面白い子で、よく芸能人のまねをしたり、ギャグを言っては僕を笑わせてくれた。自分はいつも話を聞いているばかりだったと思う。「秘密戦隊ゴレンジャー」(大昔の戦隊特撮番組)ではお互いキレンジャー(太っててくだらないギャグを言うキャラ)が好きなところが共通点でもあった。ま、これはどうでもいい。

 お互い背格好も似ていて、小さいときは体育が苦手だったことも共通していた。
しかし、いつからか、仲のよい友達としてだけでなく、あらゆる面でもライバルとしてもお互いを意識するようになった。それから、小学校のときはかけっこ、部活、勉強、少年野球、遊び、タカちゃんだけには負けないように、またタカちゃんは私だけには負けないように競い合った。

 彼と競い合うことで勉強も運動も好きになっていった。

 お互いがいがみ合う事もあった。大概、性格のひねくれた自分が悪かった。申し訳なく思う。

 中学生になり、彼は野球部、自分は剣道部に入り、以前ほど一緒にいる時間は減ったけれど一番仲のよいのはタカちゃんだった。
 お互いむっつりスケベだったので「11PM」や「オールナイトフジ」や「海賊チャンネル」をこっそり見ていた・・・これもどうでもいい話。

 二人に転機が表れたのは高校進学だった。自分は地元を離れ、街の学校に進学した。自分よりも成績がよかったにもかかわらず、タカちゃんは地元の普通の学校に行った。

 20年前のことである。タカちゃんのお母さんは言った。「トノ君みたいな友達が高校にもいるといいわ。離れても仲良くしてね。」結構うれしかった。
 
 しかし、遊ぶことは現在に至るまでの20年間一回もない。原因は自分がほとんど田舎に帰らなかったためであろう。
 高校に入り親の監視から離れた自分は、タカちゃんというライバルもいなくなったこともあり、勉強を全くせず、勉強にもついていけずボンヤリした学校生活を送った。
 
 タカちゃんは高校入試の成績をトップで入学した。しかし、勉強をする雰囲気でない学校であったため、まじめな彼は悩んでいたらしい。

 二人は中学卒業後顔を合わすこともなく3年が過ぎ、偶然の出会いは、やってきた。

 19歳の8月、運よく大学生になっていた私は、夏休みに地元の街で、高校の同級生と「つぼ八」で飲んでいた。みんな大学生生活の自慢や馬鹿話に花が咲いた。
 いい気分になった自分は超ハイテンションで「よーし、二件目も行っちゃおう!」ってな感じで叫びながら、会計を済ませようとした。

会計の前でも超ふざけていた。そして、会計の店員を見るとタカちゃんだった。

 タカちゃんは、中学生のときまではそれほど意識していなかったのでわからなかったが、家が貧しかった。しかも家庭環境が複雑であった。

 大学入試に失敗した彼は予備校の費用も自分で払いながら勉強をしていた。このことは噂で聞いていた。

しかし、まさか、酒飲んで超バカやってる自分を見られるとは・・・。

「たいへんだね。勉強がんばってよ。」
「ああ、ありがと。」

その後、タカちゃんの「ありがとうございましたー!」の声が店内に悲しく響いた。


どれだけ彼が傷ついたかわからない。けど、傷ついたことは間違いない。
彼のプライドの高さを自分はよくわかっている。

 彼は、その後、関東にある私立大学に入学した。大学生になっても授業料を家賃、生活費を払うために大変苦労したらしい。
 私も関東にいたが、あいかわらず会うことも連絡することもなかった。

 タカちゃんは大学卒業後、学校の先生になろうとしたが、採用試験に合格できず飲食店で調理をして生活していた。

 自分はのうのうと親の金で4年間を過ごし、普通に就職した。

 30歳の時、同窓会が行われ、タカちゃんに14年ぶりにあった。
遠慮しながら「俺もようやく、東京だけど来年から小学校の先生になれるよ。」と私に言った。

 どう言っていいかわからなかったが、
「おめでとう。いい先生に絶対なれるよ。」と言った。

 彼は高校卒業後、ほとんど家に帰ってなかった。

 実は彼は「養子」で、赤ちゃんの時から子供のできなかった「両親」に育てられていた。本人もその頃まで、かなり複雑な思い、蟠り(わだかまり)を持っていたようだ。
 両親はタカちゃんを溺愛していたが、気持ちのすれ違いができていた。

 そして、中学を卒業して20年が経った。

 私たちはおっさんになり、両親は老いた。

 タカちゃんは結婚して子供ができ、自分の両親の愛情を理解し、時々家に帰るようになった。

 そして、タカちゃんのお母さんは、孫の姿を見て、タカちゃんの親としての成長も喜び、亡くなっていった。

悲しみや苦しみや家族愛を知っている彼は、きっといい先生になって児童から愛されているだろう。


 そして大晦日、タカちゃんの家に遊びに行こうと思う。20年ぶりだ。

もう、犬のチロもめっちゃ怖かった暗くて狭いぼっとん式便所もない。
そして、あのお母さんもいない。

おっさんになった二人は、若い頃の蟠り(わだかまり)も癒えただろう。
小学生の時のように体裁を考えず話をすることができるだろう。と、思う。

 
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