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木曜日、午後に母島を発つ。

最終日の今日は、快晴だった。
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20日からの滞在で一番よい天候だ。
自分の活動にはよくあるパターンだねぇ(ToT)

水曜日は、スクーターを借りて、島の端から端を移動した。
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南北に14キロメートルの道のりである。
昨日歩いた10キロは、スクーターでも30分ほどかかり、自分でも歩いた距離の長さに感心した。

南北の海岸それぞれで泳いだ。
北港では、水族館にあるような鰯みたいな魚の群れに囲まれた。
画像がないのが残念だ。
南の海では、前日の様子とあまり変わらなかった。
水温が低く、1時間は入っていられなかった。

午後からは雨で、結局、宿で過ごす時間がほとんどだった。
12時ごろ、一度外に出たが、人気はなかった。

最後の夜以外は10時ごろ寝て、早朝起きる健全な生活だった。

そもそも飲み屋は2件しかないし、夕食は宿でとっていた為、外に行こうと思わなかった。
今思えば、地元の人と飲んでみるのも良かったかもしれない。


さて、母島の生活は今日で終わるけれども、
新鮮な気分ですごすことができた。

携帯がない生活。
自由にインターネットができない生活。
実に10年以上も情報化に浸かっていたことに気づいた。

母島の交通事情が、60年以上前の山村の生活形態に似ているように思えた。

母島はまさに孤島で、父島にも週に2,3回しか行くことができない。
しかも、東京からは週に1便ぐらいのため、流通が極端に不便である。

母島から父島に行くことですら大変であり、まして東京竹芝までといえば、旅行になってしまう。

父が子供ころの地元では、市の駅前に行くのに1日がかり。
地元には中学生になっても駅前にすら言ったことがない同級生がいたという。
まして、東京となれば大旅行になるわけで、修学旅行での東京行きはカルチャーショック受けまくりだったらしい。

本来なら今と昔は距離の価値観が違うはず。
しかし、便利になったとはいえ、この島の距離の価値観は昔から大きくは変わっていない。

きっと、日本全国を探せば離島のいくつかは似た環境にあると思う。

不便なところではあるが、失われていないこともあるはず。

この島にもケーブルが引かれ、情報環境はさらに変化しつつある。
これからどうなっていくのだろう。

20年後ぐらいに再び訪れてみたいと思った。


夜には父島に着きます。
携帯が使えるようになります。
電波がつながったら、また今までの生活に戻っていく感じがします。

これで、何も留守電、メールがなかったら、それはそれでショックですねぇ・・・。。

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