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2008.11.03 労働と対価
3連休が終わりを告げようとしている。
この3連休は東京へ足を伸ばし、久しぶりに母校の学園祭等に行こうと思った。
バドミントン部の入れ替え戦での健闘や、大学生協に勤めるO野氏にも会うこと。
H野先生の執筆に関する感想・・・など
でも、結局は実行せず。

またまた「きこり的生活」。またまた木を切りまくった。
1103kannbatu
最近ずっと木を切っているせいか、思うところに木を倒せる割合が高くなった。
同じ方向に木が倒れると、その後細かくする時に労働力を最小にすることができる。

今週末は気分があまり乗っていなかったせいか、
作業をしながら「きこり」の仕事に疑問を感じ、仕事への意欲はイマイチだった。

疑問は、
「なぜ、木を切っているのだろう?」
「きこりを続ける意味は?」
であった。

本職では1日の労働に対し、20K以上の収益が入る。
「きこり」は全くの¥0。
実家での酒代、食事と宿泊がついているだけである。
けっこうな重労働に対してこれでは・・・(>_<)。
モチベーションは下がる。。

この山には超極太の朽ちた切り株がある。
太いものは直径1,5m以上だろう。

父に極太の木はいつ伐採されたのか聞いた。すると、
「昭和60年ぐらいかなぁ。あの時は一番お金が必要な時で、あの木たちのおかげでずいぶん助けられたもんだ・・・」
との返事。

昭和60年代以降、我が家は火の車。
中高一貫の学校へ通う姉に、予備校寮生活から関東私立美大の姉、
はたまた、平成に入り関東私立理系大学に進学してしまった自分・・・。

樹齢150年を越えるような木を切る時には、相当の決心がいる。
代々の先祖から育てられ、受け継がれた財産を自分の手で処分するからである。

この山の木を切る時には、当時健在であった祖父にも相談したことであろう。

そして、今、その場所に新たに植えられた木を、自分が切っている。
残念ながら、木材の価値はその後20年でさらに下がり、切り捨てられているだけだけれど。

きこりをする理由は、「自分が育った原点への感謝」だろうか。
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